相模武将一覧

板部岡江雪斎(イタベオカ コウセツサイ)

レベル:数

55:7

職業

合戦配置

中備

戦闘開始セリフ

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○○○と申すか。
拙僧は仏に仕える身ゆえ
殺生は望まぬが……勝負!

構成

名前職業レベル初期付与使用技
板部岡江雪斎手槍僧55 反射結界
小田原石工棍棒鍛冶50守護術
風魔中忍懐剣忍者50
伊豆衆闘兵懐剣陰陽50
吉原花魁傘傾奇50詠唱の韻・極
川越衆精兵薙刀侍50守護術
武蔵野薬採り懐剣薬師50蘇生・壱

備考

特徴

ドロップアイテム

武将列伝

名は融成(とおなり)。越中守。

1537年生。出自は伊豆下田の僧から氏康に召されたという説と、伊豆北条氏(鎌倉幕府執権家)の後裔で伊豆田方郡田中郷を知行し、田中姓を名乗り、その後名を江雪とし、その後に板部岡康雄の遺領を次ぎ、板部岡としたとする説である。

北条家の外交を担当した重要人物であり、武田信玄没の真偽を確かめるために甲斐に使者として赴く(このときは信玄の影武者も行っていた武田信廉が対応し、これにだまされ、信玄存命と報告)。また、織田信長没後の抗争で徳川と北条が対峙した際に、和議の使者としても赴いている。1589年、真田氏との領地問題解決のために秀吉に会いその才を認められる。

北条氏滅亡後は秀吉の御伽衆となり、姓を岡野に替える。1600年からは家康に仕え、その後は徳川旗本となる。1609年、73歳で没。

その他情報


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