織田家
廃止NPC一覧

織田有楽斎

レベル:数

45:7

職業

防衛陣

留守武将

戦闘開始時セリフ

ふむ、○○○○か。
どこかで聞いたような
気がするが……。

構成

名前職業レベル初期付与使用技
織田有楽斎45
織田一門衆鉄砲侍45
織田一門衆鉄砲侍45
織田鉄砲隊鉄砲侍45
尾張土豪薬師45
尾張国人衆45
織田一門衆鉄砲侍45

ドロップアイテム

列伝

織田有楽斎(おだ うらくさい)
1547-1622 織田長益。号は有楽斎如庵。後世では有楽斎と称される。
織田信秀の十一男で、織田信長の実弟。正室は平手政秀の娘。
千利休に茶を学び、利休十哲の1人。のちには自ら茶道有楽流を創始した。

1574年頃から織田信忠の旗下、武田征伐などに従軍。1581年の京都馬揃えにも参加している。
本能寺の変の際は、信忠とともに二条御所にあったが、城を脱出し、岐阜へ逃れたとされる。変後は織田信雄に仕え、小牧・長久手の戦いに参加。徳川家康豊臣秀吉の講和に際して折衝役を務めている。
1590年、信雄が改易されると、以後は、秀吉の御伽衆として摂津国2000石を領した。
関ヶ原の戦いでは東軍に属し、小西行長隊・大谷吉継隊・石田三成隊・宇喜多秀家隊と転戦している。また長男・長孝が戸田重政の首を取るなどの戦功を挙げる。戦後は大和国3万2000石を与えられた。
その後も豊臣家に出仕を続け、姪の淀殿を補佐した。大坂冬の陣の際にも大坂城にあり、大野治長らとともに穏健派として豊臣家を支える中心的な役割を担った。大坂夏の陣を前にして大坂を退去。
その後は京都に隠棲し、茶道に専念した。1621年、京都で死去。享年75。

その他情報


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